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小さな坂と井戸

この2月からわたしの住んでいる小坂井町はお隣の豊川市と合併して豊川市になりました。
このあたりは「小」さな「坂」である段丘があって、その段丘の下には湧水や「井」戸が多くみられることから「小坂井」という名前が付けられたそうです。その「小坂井」という名前は旧大字小坂井が豊川市小坂井町として残されています。
ちなみに、うちは台所に水道は来てますけど、他のお風呂やらトイレやらはみんな井戸水です。

というわけで、今日はりんりんと自転車で近所の湧水などなどを見て回りました。

まずは旧小坂井町ではなく旧豊川市の熊野神社です。
ここには以前、湧水による池があったらしいです。妻はここで子どものころにドジョウを捕ったらしいです。
今ではすっかり枯れていて、木や雑草が生えちゃってます。

小さな川もあったのかいくつか小さな橋が架かってます。
橋には「昭和丗二年三月」と書いてあるので、そのころはたっぷり湧水があったんでしょうねえ。

ところで、この「丗」って読めますか?わたしは全然読めなくて、かなり調べて「三十」だってことを知りましたよ。

ここを少し上がると、りっぱなナギに出会えます。柵がしてあって触れられないのは残念。
ナギはイチョウと同じように男の子と女の子が違う木です。こちらのナギは男の子。

もう少し上がって飯田線の踏切を渡ると、女の子のナギに出会えます。
もしかして、この神社って飯田線が通ってまっ二つになってナギも離ればなれにされちゃったのでしょうか?

さて、それでは初詣でに行った兎足神社のすぐ南までキコキコ移動します。
ここは今でも湧水がたっぷり流れています。 お昼過ぎだったからか見かけなかったけど、ここでは今でも洗濯や野菜を洗ったりしてるらしいですよ。
こういった洗い場がこのあたりはそこかしこにあります。

で、その湧水が流れて行った少し先の川底がこんな風になってました。
これって一体全体なんでしょう?何かの生物が動いた跡?川底からの湧き水の流れ?

そして、この近くには「子だが橋」という橋があります。

子だか橋

子断が橋ともいわれ、明治時代には「小田橋」と書いてあった。
およそ一千年前兎足神社には、人身御供があり、春の大祭の初日にこの街道を最初に通る若い女性を生贄にする習慣があったと伝えられている。
ある年のこと、贄狩りを奉仕する平井村の人の前を若い女性が故郷の祭礼と父母に逢う楽しさを胸に秘めて、暁の街道を足早に通りがかり橋の上まで来た。見ればわが子である。
「ああ、いかにすべきか」と苦しんだが、神の威光の尊さに「子だが止むを得ん」と、ついに生贄にして神に奉った。
それからこの橋のことを、子だが橋と呼ぶようになったということである。
現在、兎足神社では、十二羽の雀を贄に替えて行われている。

(案内板より転載)

これはちょっとね、悲し過ぎますよ。
悲しいけど、突っ込みどころも満載ですね。実の子をそんなことできるのか?とか、「習慣」であったならその村の出身の女性がそのことを知らないはずがないとかね。

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